F-50を手にするまでの不動産投資

私はまだF-50を手にしていません。 しかし必ず手にします。  必ずです。 それまでの成功への軌跡を堪能してください。


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 元WBC世界バンタム級王者の 辰吉丈一郎(36=大阪帝拳)が、5月に「ボクサーの定年」の37歳を迎える。

実際、周囲には引退を勧告され、試合の見通しが立たい厳しい状況だ。それでもなお、現役であり続ける。黙々と練習をこなし、国内初の3度目の世界王座返り咲きに執念を燃やす。「世界王者のまま引退する。父ちゃんの骨を墓に納める」。

いつものように辰吉は長男寿希也(じゅきや)君(15)と二男寿以輝(じゅいき)君(10)を伴い練習を始めた。

今も毎朝10キロのロードワークを欠かさず、日曜日以外は2時間のジムワークをこなす。体重は58キロほどで、バンタム級のリミット(53・5キロ)近くを維持している。

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「もう10年以上食事制限してる。1日1食。3食も食べたら太るだけや。体の状態によって、食べるものを変えてる」


03年9月のアビラ戦から3年4カ月がたった。99年1月に亡くなった父粂二(くめじ)さんの遺骨は、今も自宅にある。

「普通の人ができないことをやる。世界チャンピオンになって、そのまま引退する。それで父ちゃんを(実家の岡山にある)墓に納める」

5月15日に区切りの37歳になる。93年に網膜はく離を患った辰吉が国内で戦うには、世界戦か、それに準ずる試合でなくてはならない。

「区切り? なった時に考える。なる前からあれこれ考えても始まらん。オレは世界チャンピオンになりたいんやない。なるんや。リングに上がれれば海外でもいい。どこでも行く」

こだわるのは過去に3度獲得したWBCバンタム級のタイトルだ。

カリスマにも年齢の衰えは隠せない。背中に少し肉がついてきた。髪に白いものが交じるようになった。

「そら20代とは違うからね。でも、ボクシングが好きやから。試合ができる体をつくらないと。それができなくなったら、やめる。普通の人にはしんどいやろけど、僕は苦痛に感じてない」

「厳しいからこそ、面白い。自分の信じた道を進む。自分のしてきたことに、何も後悔していない。今の方が充実してるよ。今の僕に勝つ方が難しいよ。酸いも甘いも知ってるから。最終的に結果を残したもん勝ち。終わりよければすべてよし、や」

 

 

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まず一言!  辰吉あんた本当にカッコええわ!! 

正直この記事を読んだとき、感動し、鳥肌が立った。

 なんか自分がまだまだ甘く感じてきてしまうし、自分がそうありたいと思っていることを彼がそのまま魅せてくれていたことに感動した。

 男の中の男って感じがするね! もともと辰吉のことはそのカリスマ性からいつも試合は応援していたのだが、今回ばかりは一気に大ファンに昇格だ!!

 彼は数年前、網膜剥離という多くのプロボクサー達の生命線を絶ってきた怪我にみまわられ、一度はボクサー人生を諦めかけたにも関わらず、そこから這い上がり再び世界チャンピオンに返り咲いてきた。

また10年の食事制限。  本当に強い意志を持ち、明確な目標がなければ成し遂げれないこの快挙といっていいことをやってのけてしまっている。

 

彼は私に、使命 というものを教えてくれた。

どうやってやるかとか、どうやってやればうまくいくのか ではなく  なぜそれをやるのか!?  

この使命とも言うべき、自分への問い掛けとそれを決断する心が一番大事なんだと教えてくれた。

彼は区切りはなったときに考えると。 なる前からあれこれ考えても始まらないという。 まさに同感だ。

厳しいからこそ面白い。 確かにそうだと思う。 自分も精一杯やってるときは、どんなに辛くても苦しくてもそれが一番充実してるときだ。

 

 

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 使命 とは何であろう?  使命とは何かをやり遂げるときに一番重要なものであることは間違いない。

 使命とは、他人がしていないこと、もしくは他人が見て見ぬ振りをしていることに対して、精神的に放っておけないと思う心から生まれるものだ。

 使命とは、自分が好む、好まざるに関わらず、魂の根底で自分に課せられた仕事だと感じるものに準ずる。

使命とは、お金には関係しない。 もっと純粋で精神的なものだ。

 

 人はやりたいことが見つかるまで街中を彷徨う。  しかしいくら彷徨ってもそれは見つからない。

なぜならやりたいことを、好き、嫌いで決めているからだ。 

人はそれを 向き、不向き とも言う。

使命とはそんなものではない。 好き、嫌い、向き、不向きでは精神的な幸福感、充実感を決して得ることはできない。

 

プロのスポーツ選手は、アマチュア選手よりも多く練習をする。 すでに実力差は歴然なのに、今日も練習をする。

なぜだろう?  彼らを動かすのは使命感だ。 だから誰よりも挑戦するのだ。

 

 自分の能力をこの世に問うために生きてきたのが人間の使命であるならば、

挑戦し、そして失敗を繰り返すことが一番尊いことであり、 

それが幸福感を得るための最善の方法であることは間違いのないことであろう。

 

 

 

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