F-50を手にするまでの不動産投資

私はまだF-50を手にしていません。 しかし必ず手にします。  必ずです。 それまでの成功への軌跡を堪能してください。


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 今から約10年前のことをふと思い出した。 それは 「最後まで諦めない」 といった月並みよく聴く教訓の実体験だ。

 私は15の時から音楽活動を続けているのだが、この時私のバンドはまさに 「井の中の蛙」 を抜け出そうと決意し、行動を始めたときであった。

高校時代、地元のライブハウスでライブを行い、観客動員数の歴代2位を記録したことがある。 

そして大学時代、プロへの登竜門といわれる名古屋の老舗ライブハウスにレギュラー出演し、地方の大会等では賞金を稼ぎまくったこともあった。 

しかし所詮、一地方での活動であり、それ以上望めることもなかった。 

意を決し、東京へ進出を図った。 が、しかし実際は進出どころか、門前払いの嵐であった。 

 

 一般的に地方のバンドが東京のライブハウスに出演するためには、地元ライブハウスの社長の推薦状等が必要になってくる。 これは考えてみれば至極当たり前のことで、どこの馬の骨とも分からない奴らにライブハウスの大事な一日を無駄にされては困るからだ。 

 良く聴く話だが、せっかく数ヶ月前からブッキングしてあったバンドが、当日連絡が取れない、現れないといったことは多々あるらしい。 これは時間貸しで稼いでいるライブハウスにとってはとても大きな損害で、特にこの不況時にはこんなことが続くと経営の存続まで脅かされてしまう。  一般的な話に例えるならば、レストランを予約し、当日連絡もせずに姿を現さないみたいなものだ。 これは店側にとっては非常に痛いだろう。 用意した席(時間)と材料等が全く無駄になってしまうからだ。

しかしまだレストランならましだろう、店の一部(数席)が貸切になるだけであるが、ライブハウスは店全体の貸切であるからこれは死活問題だ。

 このような理由から地方バンドの出演には、いわゆる「保険」として地元ライブハウスの推薦状が必要になる。 

 ところが私の出演していたライブハウスの社長はこれを書かない人で有名な人であった。 もちろんその訳はしっかりある。 社長曰く 分達の夢は、自分達の力で掴んで来い。 音楽で食べていくことは甘くはない。 自分達で道を切り開けないものは、遅かれ早かれ潰れるだけだ。 だから自分達で道を開拓して来い」 であった。

このときはまだあまりピンとこなかったが今思えばあの時の言葉は本当に的を得ている。

 ビジネスの世界でも同じで、新規開拓ができなければその会社の発展はない。 会社の拡大は新規開拓に掛かっており、当然その道は容易ではない。 しかしこの新規開拓ができる能力は金では買えない無限の可能性を秘めた財産だ。

 そこで私達の挑戦は始まった。 メンバーの仕事の関係上、週末を使ってのプロモーション活動しか行えないため、金曜日の深夜ワンボックスに乗って、なけなしのお金を皆で出し合い、東京へ毎週向かった。

もちろん電話での交渉はすでに相当数行いまくっていたが、どれも良い返事はもらえない状態だった。 デモテープ等を送りもしたが返事は返ってこない。 これもまあ当然の話で、東京のライブハウスには一日数え切れないほどのデモテープ等が送られてくるらしく、ブッキングマネージャーはそれに一つ一つ耳を貸すことは不可能ということらしい。(私達が狙っていたのは、東京でも超有名なライブハウスのため) 

 そこで新規開拓をすべく、毎週東京に出向き、土曜の昼間はライブハウス巡り、夜はストリートライブ、泊まりは車中か格安スーパー銭湯(名古屋では珍しくはないが、東京にはほとんど存在していなかったため探すのに苦労した:笑)、そして日曜の昼間は再度ライブハウス巡り、夜はストリートライブ、朝方帰宅。 といったことを数ヶ月繰り返した。 

 一番辛かったのは、ライブハウスの前で 「今名古屋からお宅のライブハウスの前に来ています。 少しの時間でいいですのでお会いしていただけませんか? 無理ならば音源だけでも受け取っていただきたいのですが」 と携帯電話から電話するも、冷たく 「忙しいので、会えません。 音源ならばウチ宛に送って下さい。」 と一言。  これには本当 「マジかよ!?」 と思ったね。 

 もちろん音源を送ってもそんなものは期待できない。 とにかく手渡しして印象を付けなければと燃えたものだ。 いろいろやったよ、あれこれと。 本当に企業の営業と同じだったね、あれは。 「まずは名刺を3度置いて来い」みたいな(笑)

 ストリートライブに関しては楽しかった。 すでに地元名古屋の各所でいつもストリートライブは行っていたので、場所選び(実は重要! 歌がうまく聴こえ、遠くまで聴こえるための必須ロケーションがある)やお客の獲得の仕方等はある程度慣れていた。

 しかし肝心のライブハウス出演が決まらない。  交通費、食費、販促費(ビラ、音源制作費等)はかさむ一方だ。 

 こんなことを数ヶ月続けた結果、メンバー間でも 「そろそろやめようか」的な空気も漂ってきてしまっていた。  

そんな時、メンバーのある一人が 「横浜に行ってみるか」 と言い出した。  

中華でも食いに行くのか? そんな金はないぞ! なんて突っ込みたくなったが、これが後々の躍進劇につながる第一歩になった・・・。   (続く)

スポンサーサイト

コメント

何事も人に頼っていてはだめですよね。
この記事を読んで背筋がピシっとなりました(笑)
ちなみにどのようなジャンルの曲だったのでしょうか?よかったら教えて下さい><
続きかなり楽しみにしてます。
2006/12/27(水) 22:03:28 | |天知 #C.Pf7xTY[ 編集]
コメントありがとうございます
 コメントありがとうございます。 ジャンルはハードロックですね。 とはいってもロックって幅広すぎるからこれじゃ分からないですよね(笑)
続き楽しみにしていてください!
2006/12/27(水) 22:19:19 | |アセット #-[ 編集]
コメントする
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。